Nara's profileきぼうチャペルPhotosBlogLists Tools Help

Blog


    2009/10/11 聖日礼拝メッセージ

    ヘブル書講解#7~メルキゼデクの祭司職
    ヘブル書7章
    一、
     今日はヘブル書の7章です。イエス様こそが完全な大祭司であること、このお方によって、私たちは律法による不完全な救いに代えて、信仰による完全な救いを与えられたのです。
     
    二、
     ヘブル書の著者は7章で、創世記の祭司メルキゼデクとアブラハムの物語から語り始めます。
    1. イスラエルの先祖であったアブラハムは、サレム(後のエルサレム)の王であった祭司メルキゼデクから祝福を受けました。霊的な意味では、メルキゼデクはイエス様の大祭司職の型です(詩篇110:1-4)。そしてアブラハムがメルキゼデクに献げ物をし、祝福を受けたことは、レビ族の祭司職が一時的なものであること(Ⅰペテロ2:9)、イエス様の大祭司職こそが真の大祭司職であることを予表していたのです(4-10節)。
    2. イエス様がメルキゼデクにならって大祭司の職に就かれたことは、祭司職とセットとなる律法も変更されたことを意味します(11-13節)。すなわちモーセの律法はもはや効力をもたないのです。今や人手によらない、主による救いによって私たちは神様に近づくことを許されているのです(17-22節)。
    3. 今や私たちの大祭司であるイエス様は、不完全だったレビ系の祭司たちとは異なって、完全な罪の赦しと救い(Ⅰヨハネ1:7)を私たちに与えてくださいます(24-27節)。このお方こそが私たちのために立てられた大祭司です。私たちはただ信仰によってその救いを受け取るだけで、追加しての何かは必要ないのです。そしてそれこそが神様のご計画でした(28節)。
     
    三、
     ヘブル書の著者は、イエス様の救いのご計画、完全性を旧約の祭司職と比較して語ります。イエス様の御わざは、それだけで完全なものです。私たちは信仰でそれを受け取るだけです。ですからしっかりと十字架の救いをいただいて、それを手放すことのないようにしましょう。そこに私たちの全てがあるのです。

    Comments

    Please wait...
    Sorry, the comment you entered is too long. Please shorten it.
    You didn't enter anything. Please try again.
    Sorry, we can't add your comment right now. Please try again later.
    To add a comment, you need permission from your parent. Ask for permission
    Your parent has turned off comments.
    Sorry, we can't delete your comment right now. Please try again later.
    You've exceeded the maximum number of comments that can be left in one day. Please try again in 24 hours.
    Your account has had the ability to leave comments disabled because our systems indicate that you may be spamming other users. If you believe that your account has been disabled in error please contact Windows Live support.
    Complete the security check below to finish leaving your comment.
    The characters you type in the security check must match the characters in the picture or audio.
    Nara has turned off comments on this page.

    Trackbacks

    Weblogs that reference this entry
    • None